津地方裁判所四日市支部 昭和36年(ワ)43号 判決 1962年7月27日
原告 伊藤満
被告 山本雅夫
主文
原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(当事者双方の申立)
原告代理人は「被告は、原告に対し、別紙物件目録(一)<省略>記載の家屋(以下本件家屋という。)について、津地方法務局で四日市支局昭和二九年八月二七日受付第六、六九二号による根抵当権設定登記の抹消登記手続すべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告代理人は、主文と同旨の判決を求めた。
(当事者双方の主張)
第一、原告代理人は、請求の原因及び被告の主張に対する反論として、つぎのとおり陳述した。
一、本件家屋は原告の所有であるが、右家屋につき、津地方法務局四日市支局昭和二九年八月二七日受付第六、六九二号により、同月二五日付根抵当権設定契約を原因とし、債権極度額を金一、〇〇〇、〇〇〇円、根抵当権者を被告債務者を訴外富士包装資材工業株式会社(以下富士包装という。)とする根抵当権設定登記がなされている。しかし、原告は、富士包装の被告に対する債務担保のために本件建物に根抵当権を設定したことはなく、昭和二九年八月二五日付根抵当権設定契約証書は、原告の関係部分に関する限り偽造である。
二、仮りに本件家屋につき被告主張のように有効に根抵当権が設定されたとしても、被告が右根抵当権の被担保債権として主張する金五、〇〇〇、〇〇〇円の約束手形金債権(振出人富士包装、受取人訴外星肥産業株式会社(以下星肥産業という。)、被裏書人被告、振出日昭和二九年九月一七日、金額五、〇〇〇、〇〇〇円、支払期日昭和二九年一〇月三一日、振出地並びに支払地四日市市、支払場所株式会社百五銀行四日市支店の約束手形一通(以下本件約束手形という。)に基く債権)は三年間の消滅時効によつて消滅している。すなわち、右約束手形の支払期日は昭和二九年一〇月三一日であるが、それから三年を経過した昭和三二年一〇月三一日に右約束手形金債権は時効によつて消滅しており、被担保債権がすでに消滅している以上、前記根抵当権もその附従性によつて亦すでに消滅している。
三、被告の時効中断に関する主張は理由がない。一般に物上保証人は、他人の債権のために自己の財産につき物的担保の責任を負うにすぎず、自ら債務を負うわけではなく、時効の中断事由は債務者自身に対する関係でなされた場合にのみその効力を生ずると解すべきであるから、本件において被告が富士包装に対する約束手形金債権に基き前記抵当権実行の手続をしたことをもつて時効中断事由であると主張するのは当らない。民法一五五条は、差押等が時効の受益者以外の者に対してなされたとき、すなわち第三者保管中の物件等について差押等がなされた場合をいう。それが物上保証人等に対してなされたような場合には右規定は適用がなく、この場合には時効の受益者に対して通知をしても時効中断の効力を生じないものと解するのが相当である。
四、いずれにしても、本件家屋についての前記根抵当権設定登記はその原因を欠く無効なものであるから、被告に対し、その抹消登記手続を求める。
第二、被告代理人は、請求の原因に対する答弁及び被告の主張として、つぎのとおり陳述した。
一、請求原因一記載事実のうち本件家屋が原告の所有であること、本件家屋につき原告主張のような根抵当権設定登記がなされていることは認めるが、その余の事実は否認する。同二記載事実のうち被告が原告主張の約束手形一通を所持することは認めるが、その余の事実は否認する。同三記載の主張は争う。
二、被告は、昭和二九年八月二五日付根抵当権設定契約証書により、富士包装が被告との商取引によつて将来負担する手形上の債務その他の債務を担保するため、原告との間でその所有にかかる本件家屋につき債権極度額を金一、〇〇〇、〇〇〇円とする根抵当権設定契約を結び、これを原因として前記のような根抵当権設定登記をしたものであるから、右登記は何ら無効ではない。
三、本件約束手形の支払期日が昭和二九年一〇月三一日であつてその後三年の期間が経過していることは認めるが、被告は、昭和三一年五月九日、本件約束手形金取立のため、津地方裁判所四日市支部に対しその内金一、〇〇〇、〇〇〇円を申立債権として本件家屋につき抵当権実行としての競売の申立をなし、同日同裁判所により競売開始決定がなされた。右決定に基いて民法第一四七条第二号にいう差押の効力が発生したから、本件約束手形金債権の消滅時効はこれによつて中断された。そして、右競売手続は同年七月二〇日に原告の申立により執行停止されているので、右中断の事由がなお継続している。しかも、同月二三日、原告並びに富士包装から右決定に対する異議の訴が提起され、以来被告は本件約束手形金債権の存在を主張立証しているのであるから、本件約束手形金債権が消滅時効の完成により消滅した旨の原告の主張は理由がない。
(証拠関係)<省略>
理由
一、本件家屋が原告の所有であること、右家屋につき、津地方法務局四日市支局昭和二九年八月二七日受付第六、六九二号により、同月二五日付根抵当権設定契約を原因として債権極度額を金一、〇〇〇、〇〇〇円、根抵当権者を被告、債務者を富士包装とする根抵当権設定登記がなされていることは当事者間に争がない。
二、そこでまず右根抵当権設定登記の原因である根抵当権設定契約が有効に成立したか否かについて判断する。
証人葛巻学、同田中清五郎(第一、二回)の各証言、被告人本人尋問の結果(第一、二回)、差戻前の原告富士包装代表者山本五郎本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く。)と田中証人の証言(第一、二回)と山本五郎、被告各本人尋問の結果により成立を認めうる甲第二、三号証、登記済との記載部分の成立に争がなく、その余の部分につき後記認定のようにその成立を認めうる乙第一号証、登記済との部分の成立に争がなく、山本五郎本人尋問の結果によりその余の部分の成立を認めうる第二号証の一、被告本人尋問の結果により成立を認めうる乙第三号証の一、二、第四号証の一、二を総合すると、昭和二七年頃、星肥産業は、同会社名古屋営業所長の被告が富士包装取締役の原告と旧知の間柄であつたところから、同会社と肥料販売の取引を開始したが、被告は当初から星肥産業を代理して富士包装の代表取締役山本五郎とこの取引に直接関与したこと、富士包装の星肥産業に対する売掛金債務は昭和二九年七月頃すでに金五、〇〇〇、〇〇〇円以上に達したが、富士包装は別紙物件目録(二)<省略>記載の家屋以外に担保となりうる資産がなかつたところから、その頃被告は、山本五郎、原告の両名に対し、今後は被告が個人の資格において富士包装と取引を継続することとし、将来富士包装が被告に対して負担することあるべき債務につき富士包装はその所有にかかる別紙物件目録(二)記載の家屋を、原告はその所有にかかる本件家屋をそれぞれ抵当権の目的として提供することを申し入れたこと、富士包装代表取締役の山本五郎は右申入を承諾し、さらに原告も被告とは旧知の間柄でもあり、山本五郎を被告に紹介して富士包装と星肥産業の取引が開始されたといういきさつから富士包装の売掛金債務については幾分の責任を感じていたので、同じく被告の右申入を承諾し、昭和二九年八月二五日付で本件家屋につき債権極度額を金一、〇〇〇、〇〇〇円、別紙物件目録(二)記載の家屋につき債権極度額を金五〇〇、〇〇〇円とし、さらにいずれも根抵当権者を被告、債務者を富士包装とする各根抵当権設定契約証書(乙第一号証、第二号証の一)を作成したことを認めることができる。右認定に反する証人田中清五郎の証言(第一、二回)、同伊藤ふさの各証言、山本五郎本人尋問の結果は直ちに措信できず、その他に右認定を左右するに足る証拠はない。果して右に認定したとおりであるとすれば、昭和二九年八月二五日付根抵当権設定契約を原因として本件家屋になされている一記載の根抵当権設定登記は有効であるから、原因たる根抵当権設定契約がなかつたことを理由としてこれを無効とする原告の主張は理由がないといわなければならない。
三、そこでさらに進んで被担保債権が時効により消滅したので根抵当権も亦消滅した旨の被告の主張について検討する。
証人葛巻学の証言、被告本人尋問の結果(第一回)と表面の成立につき争がなく、右証言等により裏面の成立を認めうる乙第二号証の三、前掲乙第三号証の一、二によると、昭和二九年九月一七日、富士包装は、星肥産業に対し、当日現在における金七、三〇〇、九八〇円の売掛金債務の内金五、〇〇〇、〇〇〇円支払のため、支払期日を昭和二九年一〇月三一日とする本件手形を振出交付し、星肥産業は、その後本件手形を被告に裏書譲渡したことを認めることができ、昭和三一年五月九日に被告が本件約束手形金取立のため、当裁判所に対し、右約束手形金五、〇〇〇、〇〇〇円の内金一、〇〇〇、〇〇〇円を申立債権として本件家屋につき抵当権の実行として競売申立をなし、同日当裁判所により競売開始決定がなされたことは原告の明らかに争わないところであるから、原告においてこれを自白したものとみなす。原告は、被告の富士包装に対する本件手形金債権は、支払期日である昭和二九年一〇月三一日から三年の経過により消滅時効が完成して消滅した旨主張するのに対し、被告は、右時効は前記競売開始決定による差押によつて中断された旨主張するので判断するに、まず民法一四七条第二号は、差押を時効中断事由の一つとして挙げているが、同号にいう差押は、強制競売、任意競売のいずれを問わず不動産競売開始決定によつて目的不動産の差押の効力が生ずる場合をも含むものと解される。しかして、差押が時効の利益を受ける者(債権の消滅時効については債務者)の所有物件に対してなされた場合には直ちに時効中断の効力が発生するけれども、それが時効の利益を受ける者以外の者、たとえば物上保証人などに対してなされた場合には、時効の利益を受ける者に対してその旨の通知がなされたときにはじめて時効中断の効力が発生する。これは民法第一五五条の規定するところである。原告は、差押が時効中断事由となるのは、原則としてそれが直接時効の利益を受ける者に対してなされた場合に限られ、民法一五五条によつて時効の利益を受ける者以外の者に対して差押がなされた場合で例外的に通知を条件として時効中断の効力の生ずるのは、第三者が保管する物件につき差押がなされた場合にのみ限られると主張するけれども、右規定をそのように制限的に解しなければならない理由はない。したがつて、本件において前記競売開始決定により本件家屋につき差押の効力が生じたことが債務者である富士包装に通知されているとすれば、その時に本件約束手形金債権の時効中断の効力が生じていることとなるわけである。ところで、任意競売において債務者と目的物の所有者とが異る場合には、執行裁判所は必ずしも債務者に対して競売開始決定を送達することは法律上要求されていない(民事訴訟法第六四四条第三項の「債務者」は、右の場合には「所有者」と読みかえるのが相当である。)けれども、このような場合執行裁判所は、債務者に対し、相当と認める方法で競売開始決定があつたことを告知しなければならない。当裁判所では、このような場合には実務上所有者に対してのみならず債務者に対しても競売開始決定の送達をして告知にかえている。このことは当裁判所に顕著な事実である。したがつて、反証のない限り前記競売開始決定もやはり債務者である富士包装に対して右決定のなされた頃送達されたものと認められる。そうして、債務者に対する競売開始決定の送達は、民法第一五五条にいう通知に該当すると解するのが相当である。果してそうであるとすれば、本件約束手形金債権の時効は、富士包装が右決定の送達を受けた時に中断の効力が生じたものと解せられるが、成立に争のない乙第六号証によると、右決定によつて開始された競売手続は昭和三一年七月二〇日に当裁判所によりなされた執行停止決定により手続が停止されていることが認められるので、右時効中断の事由はなお存続しており、中断の効力は継続しているものといわなければならない。結局において、本件約束手形金債権が時効により消滅したことを前提とする原告の前記主張は理由がない。
四、以上のとおりであるから、一記載の根抵当権設定登記はその原因を欠く無効なものであるとしてその抹消登記手続を求める原告の本訴請求は、その理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 小中信幸)